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『太陽』@青山円形劇場

劇団イキウメの秋公演。
なんか色々あったようですが、無事に公演の幕も開き・・・。
行ってきましたよー!

太陽
太陽

冒頭からいきなりドキドキさせられましたねぇ。
完全なSFものなんですが、近未来に起こりうるんじゃないかと思わせられ・・・。
っていうか、既に今の日本で起こっている事なんじゃないか?って思い、
複雑な気持ちで観てました。

てな事で、私的感想を。

四十年程前、
世界的なバイオテロにより拡散したウイルスで人口は激減し、政治経済は混乱、
社会基盤が破壊された。

数年後、感染者の中で奇跡的に回復した人々が注目される。
彼らは人間をはるかに上回る身体に変異していた。
頭脳明晰で、若く健康な肉体を長く維持できる反面、紫外線に弱く太陽光の下では
活動できない欠点があったが、変異は進化の過渡期であると主張し自らを
「ノクス」(ホモ・ノクセンシス = 夜に生きる人)と名乗るようになる。

ノクスになる方法も解明され、徐々に数を増やす彼らは弾圧されるが、変異の適性は
三十歳前後で失われる為、若者の夜への移行は歯止めが効かなくなった。
次第に政治経済の中心はノクスに移り、遂には人口も逆転してしまう。
ノクスの登場から四十年、
普通の人間は三割程になり、ノクス社会に依存しながら共存している。
かつて日本と呼ばれた列島には、ノクス自治区が点在し、緩やかな連合体を築いていた。
都市に住むノクスに対し、人間は四国を割り当てられ多くが移住していたが、
未だ故郷を離れず小さな集落で生活するものもいた。(公式サイトより)

舞台上のセットはほとんど無し。
無機質なパイプが数本立っているのみで、場面ごとに役者たちが板を置いてテーブルにしたり、椅子にしたりと小道具として使用していました。
舞台の床には様々な色の油絵の絵の具を乱暴に塗りつけたような模様が描かれている。
ストーリーは大まかに言うと、「キュリオ(骨董品)」と呼ばれるいわゆる普通の人間と、「ノクス」と呼ばれる進化した人間との”差別”や”交流”とでも言いましょうか。
若者は皆、「ノクス」に憧れ、また大人たちは自分の子供を「ノクス」にさせたがっている。
その反面、ノクスに対して嫌悪感を抱き、毛嫌いしている大人たちも居る。
このお芝居はノクスになりたいと願う少年と、ノクスにはなりたくないという少女のお話で進んでいきました。

まずはノクスに憧れるキュリオの少年(大窪人衛さん)と、ノクスとして生まれた見張り番(浜田信也さん)の友情のお話。
少年が住んでいる村は、昔とある事件が起き、ノクスの監視下におかれ隔離されていた。
この二人の掛け合いが、とても微笑ましいというか、エロ本で仲良くなっちゃうあたり、(あぁ、男の子って・・・)って納得するというか。(笑)
始めはぎこちなく接していたが、次第に互いを認めあい、損得勘定抜きで純粋に仲良くなっていく二人。
ノクスになりたいという少年に、「君はノクスにならなくてもいい」という見張り番。
(生まれながらノクスという優越感か?)と邪推な事を思ったが、色々な知識を持っている少年はノクスになる”必要”が無いという。
「それは君がすでに何でも持ってるからだよ!」と言う少年の言葉は、正直な気持ちなんだろうなぁ。
キュリオとして差別され、劣等感丸出しの少年にとっては、ノクスは憧れであり、希望でもあり、最高のステータスの存在であるわけで・・・。
生まれながらノクスという特性を持った見張り番から、「キュリオは最高の種族」だと言われたところで、なんの説得力もないのは明らかだよね。

そしてもう一方。
ノクスにはなりたくない、、、っというより興味がない少女(加茂杏子さん)のお話。
生みの母(伊勢佳世さん)はノクスになる為に家を飛び出し、今は父(有川マコトさん)と二人で暮らしている。
母が去った後に、父には新しい恋人(岩本幸子さん)ができ、その息子の少年とも仲良く過ごしていた。
そんな時、「ノクスになれる権利」に少女が当選し権利書が届くが、
家を出た母親に対する恨みからか、父を一人残してノクスになる事への後ろめたさか、頑なに拒んでいた。
キュリオからノクスになった母親は再婚をし、現在の夫との間には子供はなく、養子を迎えようと考えていた。
そんな時、ふとしたきっかけから自分には子供がいた事を思い出し、実の子供を養子に迎える事を思いつく。
”血縁”にはこだわらない彼女だったが、実の娘と対面した事で更に思いは強くなり、少女もまたノクスになる事に同意をする。
ノクスになるための手術で体液を注射する必要があるのだが、母は少女にキスをする事で体液交換をする。
、、、このくだりはやはり”母の愛”を強く表現したかったんでしょうか。
もがき苦しむ少女をきつく抱きしめ、発作を抑えようとする姿を見てそう感じてしまいました。

少年と見張り番の二人に大きな事件が襲いかかろうとしていた。
少年の叔父(母の弟)である男(森下創さん)が突然村に帰ってきたのだ。
そして、数年前の事件同様、ノクスである見張り番に手錠をかけて身動きできない状態にして、太陽の光にさらそうとしたのだ。
必死に手錠を切ろうとする少年とその母親だが、どんどん空が白み始めてくる。
このシーンでは、叔父の存在がもう、ムカついて仕方なかった。(笑)
(早く手錠を切らないと太陽の光を浴びて死んじゃう!)ってハラハラしながら見てました。
結果、手首そのものを切って助け出すんですが、その後、手首の傷が再生するって、ノクスっていったい何者?って感じでした。

ノクスになる権利書を使わずに養女になる事でノクスになった少女。
その権利書は少年へと渡り、あとは決心するだけ。
少年の決断は、権利書を破り捨てる事だった・・・で、幕。

希望と現実、そして差別と理解。
今も昔も変わらぬ問題は、未来でも起こりうることなのでしょうね。

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